豊臣秀吉と「魔法の杖」

 さて、太閤秀吉公が世に出られてより此の方、日本の国々の山野に金銀が湧き出た。その上、高麗・琉球・南蛮の綾羅錦繍(りょうらきんしゅう)・金襴・錦紗、ありとあらゆる唐土・天竺の名物、我も我もと珍奇なものは残らず秀吉公に備え奉り、まことに宝の山を積むようであった。

 昔は黄金を稀にも拝見することがなかった。ところが、秀吉公の世になり、いかなる田夫野人に至るまで、皆たくさんの金銀を持ち扱っている。

 本朝は豊饒に治まり、太閤秀吉公はもっぱらに御慈悲をお垂れになったので

路頭には乞食(こつじき)や非人は一人もいなくなった。これをもって、君主の善悪は知られよう。御威光、ありがたき御世である。

(「現代訳 太閤さま軍記のうち」 太田牛一著 山崎白露訳)

 

 

 『大かうさまくんきのうち』(たいこうさまぐんきのうち)は、江戸時代の初期に書かれた豊臣秀吉の一代記で、著者の太田牛一織田信長豊臣秀吉に仕え、『信長公記』の著者としても知られている。

 

 その一節に、上記のような記述がある。

 豊臣秀吉が世に出てから、日本の国内で金銀が大量に採掘された。それと同時に、高麗・琉球・南蛮の財宝や、ありとあらゆる唐土・天竺の名物・貴重品が、「我も我もと」秀吉の元に集まり、まるで宝の山のようであったと記されている。その繁栄は庶民にも及び、その当時、どんな田舎者であっても、皆たくさんの金銀を持つようになり、世の中は豊かになって、路頭には乞食が一人もいなくなったと書いている。

 太閤秀吉は絶対的な権力者であり、伝記作者がそれに阿(おもね)っているのではないかと言う人があるかもしれない。しかし、今に残る建築物や屏風など、その当時の文化の豪華さ絢爛さを見ると、これは一定の事実を伝えるものではないかと思われる。

 金銀は富の象徴的な存在ではあるが、それがあるから世の中が豊かというわけではない。金銀は、価値の貯蔵手段、交換価値として非常に高い性能を有する。豊臣秀吉の時代には、金銀が国内で大量に採掘され、それが大判、小判の貨幣として大量に使用された。その結果、国内に大量の財宝があふれ、物資が行き渡り、人々の生活は豊かになった。

 貨幣が大量に使用されることにより生じたことは、これまで生産されなかった豪華な装飾品や衣服、財宝が次々と生産され、輸入されるようになり、大量の貨幣はさらに職人、工人、商人から世の中に出回ることにより様々な日用品が生産、取り引きされるようになり、人々はそれを手に入れようとして生産活動に励むようになった。その結果、生産が増え、社会に出回る品物が増え、人々の物質生活は豊かになって、飢える者がなくなったということだと考えられる。

 この点に、やはり豊臣秀吉という政治家のすごみを感じることができる。豊臣秀吉は、黄金を好んだと言われるが、単にそれを飾り、蓄えるだけではなく、周囲に気前よくばらまき、盛んに事業を行った。歴史上、権力を握る者は多くいるが、その権力をもって何事かを成し遂げる人は少ない。豊臣秀吉はそうした人物の一人だ。豊臣秀吉は、金銀のそのような、生産を誘発する効果をよく知っていたのではないか。秀吉は、低い身分から身を起こし、若年の頃より様々な世界を渡り歩いてきたため、世間に、どれだけの労働力や資源があって、どれだけの物を産出する能力があるのか、どれだけの能力が生かされずに遊休しているのかを実感として理解していたのではないか。だから、金銀さえ出して、人々の心を刺激すれば、社会がどの程度の産物を産み出すことができるかをよく知っていたのではないだろうか。そして、富とは何か、富の重要性を誰よりもよく理解していたのだと考えられる。

 次々と巨大な城や宮殿、都市を出現させ、瞬く間に天下統一を成し遂げた秀吉を、当時の人々は驚嘆の目で見つめたことだろう。そのような秀吉に、帝から「豊臣」の姓が贈られたのは、偶然ではないだろう。

 天下統一の最後の仕上げとなった小田原征伐では、秀吉は20万を超える軍勢を全国から動員し、それを養ってあまりある大量の物資を集め、長期にわたって滞陣させ続けた。その圧倒的な物量は、城にこもる人々の戦意をくじいたことだろう。そして、ある日、小田原城を見下ろす石垣山の山頂に東国の人々が見たこともない総石垣作りの豪華な城郭が一夜のうちに忽然と姿を現した。「かの関白は天狗か神か」(北条記)と、小田原方の人々を大いにおののかせた。これが最後のだめ押しとなった。

 秀吉は、金銀を存分に用い、大量の人や資材を集め、都市や城を築き、巨大な軍勢を思うままに繰り出すことができた。それこそが、豊臣秀吉を天下人に至らしめた魔法だった。金銀は、財物を自由に生み出す秀吉の「魔法の杖」だったのだ。それを思いのままに振るう秀吉の前に、何人もひれ伏さざるを得なかったのである。

 

 

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