品位のある言葉遣い

 久元神戸市長のツイッターに次のような投稿があった。 

 今月号の「中央公論」は、公務員が少なすぎるという論調。だが現役世代が減り続ける中、公務員は増やせない。公務職場は繁閑の差が大きい。無駄も多い。デジタル化も遅れている。抜本的改革をすべきだ。人事当局は騙すことに長けているが、馬脚も時々現す。頑張るしかない。

久元喜造 ツイッター 2020/10/7)

 

  人と議論をする場合は、問題のみについて語るべきで、それを語る人の属性について語るべきではない。相手に対しては敬意を持ち、できるだけ客観的に感情を排して理性的な言葉を用いるのがルールだろう。

 「人事当局は騙すことに長けているが、馬脚も時々現す」とは、誰のことを指しているかわからないが、明らかに、上記のルールに反するだろう。相手方の属性に対してレッテルを貼り、客観性に欠ける感情的な言葉だ。聞く人を不快な気持ちにさせる。こうした言葉使いは品位のある言葉使いとは言えないだろう。

 仮に、これが神戸市役所の中の一部の人に宛てられた言葉とするならば、こんなところでツイートしていないで、どうして中で普通に議論をしないのだろうか不思議に思う。もし、問題があると考えるなら、言葉で説得をして、方向性を定めるのは、仕事そのものではないだろうか。それを、どうしてわざわざ、公共の空間で発信するのか理解に苦しむ。議論を場外に持ち出すのもルールに反するだろう。上位の者が下位の者に対して、直接にこのようなことを言えば、いくら趣旨が正しかったとしても、今の世の中ではパワハラにもなりかねない。相手方としても、自分たちのことを「騙すことに長けている」というような相手と信頼関係は結びにくいだろう。

 

大阪都構想が12日に告示

 大阪市を廃止し、四つの特別区に再編する大阪都構想の是非を問う住民投票が12日に告示される。投開票は11月1日。賛成多数になれば、1956年にできた政令指定市が初めて廃止されることになる。地方自治のあり方に大きな一石を投じることになりそうだ。

 有権者日本国籍をもつ市内に住む18歳以上の約225万人。都構想をめぐる住民投票は、2015年5月に続いて2度目。

朝日新聞 2020/10/11)

 

  大阪都構想を是非を問う住民投票が12日に告示される。有権者は、18歳以上の大阪市民だ。

 大阪都構想については以前に論じた。

 

firemountain.hatenablog.jp

 

 大阪都構想住民投票とは何か、上記の新聞が簡潔にまとめている。

(1)大阪市を廃止し、代わりに4つの特別区に再編することの是非を問う

(2)有権者は18歳以上の大阪市

 

 つまり、通常、すべての国民に与えられている基礎自治体としての市町村である大阪市を廃止する。その代わりに与えられる特別区は、通常の市町村にもはるかに劣る財源と権限しか有しない。(なぜならば、固定資産税ですら自由に使えない市町村は存在しないからだ。)大阪市は豊かな財源と広い権限を有する、大都市の代名詞ともいうべき「政令指定都市」であったから、この落差は一層激しい。

 今回の住民投票をわかりやすくたとえると、自動車でいうなら、これまで愛用してきた大型の高級車を処分して原付に乗り換えようとするようなものだ。周辺の市町村は今回の住民投票の対象外だからこれまでどおり普通車に乗り続けることになる。つまり、府下の周囲の自治体の市民が普通車に乗っている中で、大阪市民だけが大型の高級車を処分して原付に乗り換える。それを是とするか非とするかが問われている。問われているのは大阪市民だけだ。というのは、高級車をやめて原付に乗り換えるのは大阪市民だけだからだ。

 一般の常識では是非を問うまでもない問題だと思われるが、全く賛成意見があり得ないわけではない。高級車を維持していたお金は周囲の自治体の市民と共有される(旧大阪市民は3割だけの権限を持つ)ことになるが、自分たちが原付に乗り換えてでもそのお金を周囲の府民のために提供してもよいと思う人は賛成すればよいだろう。住民投票を行うのは大阪市民だけである。それは、大阪市民が直接の利害関係者だからだ。大阪市民は投票の中身をよく知ってから投票に臨むべきだろう。

神戸空港、遠い1日80便?

 先日、神戸新聞に次のような記事が掲載された。

神戸空港、遠い1日80便 コロナ禍で続く減便運休

 神戸空港の運用規制緩和で合意した1日80便の運航が、少なくとも来春まで持ち越される見通しとなった。新型コロナウイルスの影響で激減した旅客の回復が鈍いからだ。(略)

 発着枠の拡大は、19年5月の関西3空港懇談会で合意された。(略)

航空各社の計画では、10月も40便台で推移する見通しで、80便の運航は一度も実現していない。

(略)

国土交通省によると、発着枠に空きがあれば需要動向に応じた航空各社の増便申請は随時可能。(略)

神戸空港に就航する航空会社の関係者は「増便したい気持ちはあっても、現状では需要が見込まれない。採算割れが分かっている便を増やす判断は難しい」としている。

神戸新聞 2020.10.5)

 

 神戸空港が2019年5月の関西3空港懇談会で、従来の1日60便から80便に規制緩和されたが、その後80便の運航が一度も実現していないという報道であるが、この報道には違和感がある。

 現在のコロナ禍の下で、航空業界は大幅な需要減退に見舞われ、苦境にあえいでいる。その中で、神戸空港も減便しているのは当然の話で、神戸空港規制緩和をしたものの発着枠が埋まらないというのは話が違う。コロナ禍の影響で、航空業界全体の需要が減少しているのであり、神戸空港の需要がないという話ではない。

 これまで本欄でも記したように、今年の8月の国内線の発着回数を見ると、伊丹空港が前年比マイナス19%、関西空港が同マイナス14%となっており、減便は神戸空港だけの話ではなく、航空業界全体の状況だ。神戸空港についてみると、マイナス8%であり、むしろ他の空港よりも減少幅は小さい。

 

firemountain.hatenablog.jp

 

 それをわざわざ、神戸空港規制緩和をしたが便が埋まらないと報道するのは、神戸空港に対する評価、印象をいたずらに損なうものだ。「神戸空港規制緩和といってみても、結局は埋まらないのだ」という、神戸空港規制緩和を目指す動きに対する逆宣伝になっているのではないか。

 神戸空港は、神戸の将来にとって重要な役割を担っている。他の新聞社ならともかく、神戸新聞は地元神戸の新聞社なのだから、神戸の地元の関係者の努力や取り組みの足を引っ張るような報道はすべきではない。

 

 

六甲山と里山は神戸再生の切り札か

  久元神戸市長が、自らのツイッターに上記のような書き込みを行った。

 

 東京23区、大阪市はほぼ100%が人口集中地区ですが、神戸市は3割以下。神戸には六甲山、それに里山もあります。東京一極集中を生み出して来た高密度至上の価値観は必ず見直される。神戸は東京や大阪とはまた違う将来への可能性を手にすることができると思います。豊かな自然環境の保全が大前提です。

久元喜造twitter 2020/10/1)

   

 都市がどうして発生し成長するかについては過去に考察をした。

 

firemountain.hatenablog.jp

 

 都市は、人や物の集中によって生まれる生産性の向上をエンジンとする自立的な発展メカニズムを内包した存在である。それはひとたび集中が生じるとそれ自体がさらなる集中を生むという性質をもっている。

 ひとたび生じた上昇気流が低気圧を生み、それがさらに強い上昇気流、低気圧を招く台風とよく似ている。たとえると、東京は今でも目のくっきりした大型の強い台風だ。神戸は、中心気圧が弱まり、目がぼやけ、近々温帯低気圧になってしまいそうな弱々しい小さな台風だ。台風の目に相当するのが「都心」であろう。神戸の都心は従来の産業が衰え、それに代わるものが見当たらず、商業も周辺都市と比べて老朽化して魅力を失い、業務地であったところが次々とマンションに置き換わり、このままでは台風の目は消失してしまうだろう。それは台風の消滅を意味し、その後は内外の気圧差のない穏やかな状態、すなわち、茫漠と広がるベッドタウンの中に溶け込んでしまうだろう。

 「東京一極集中を生み出してきた高密度至上の価値観は必ず見直される」という根拠は何なのだろうか。東京の一極集中は、「高密度至上の価値観」が生み出したものではない。集中が集中を招くのは自然法則のようなものだ。したがって、この都市発展のメカニズムが働き続ける限り、一時的な攪乱はあるかもしれないが、基本的には一極集中(都心への集中)は続くだろう。

 

 現在の神戸市長に求められている役割はなんだろうか。目がぼやけはじめ、衰退に向かっている台風にエネルギーを与えて上昇気流を強化し、再び強い中心気圧をもった求心力のある台風にすることだ。

 神戸の台風の目は、神戸港を中心とする神戸~三宮の都心である。六甲山や北区の里山の活用を進めることが都心の活性化につながるだろうか。

 同じ市域ではあるが、六甲山は六甲山であり、北区の里山は北区の里山であり、神戸都心の活性化とは関係がない。北区の里山の活性化がされたから神戸の都心が活性化するわけではない。神戸の都心が六甲山や北区の里山に近接しているというだけで、東京や大阪に代わる都市の可能性を提示するものとは言えないだろう。

 都市のパーフォーマンスは、経済活動の度合いではかられる。具体的には国民総所得に相当する市民総所得ではかられる。それは、どれだけの市民を養うことができるかという意味合いを持ち、これが都市の人口水準を決定する。では、六甲山や里山の活性化がこれにどの程度寄与するだろうか。全体に大きな影響を及ぼそうと思えば、大きな部分を占める部分について対策を講じるべきだ。ほんのわずかな部分しか占めないものが2倍になろうが3倍になろうが、その効果はやはりわずかだ。六甲山の活用や里山保全することに反対するわけではない。ただ、それを神戸の活性化、人口減少対策と捉えるならほとんど効果があるとは考えられず、逆に本来すべき施策、三宮の再開発や交通体系の整備、新産業の誘致などに注ぐべき資源が分散されてしまうことにもなりかねない。 

 近年、神戸市の人口は減少を続けている。だから、人口増加対策が必要だ。都市としての発展を目指すのであれば、競合都市に負けないよう都心への人や物の集中を目指さねばならない。市長もこの前提に立つはずなのに、なぜか都心ではなく、山林や農村への指向が強く、六甲山や北区の里山に神戸再生の切り札を求めようとする。神戸市をどうしたいのだろうか。

 

新型コロナウイルス禍の下での関西3空港の状況(3)

 関西エアポートが8月の関西3空港の運航状況を発表した。

 

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 これによると、6月、7月と回復傾向が続いていた国内線は、8月に入って横ばい傾向となった。8月は本来は、夏休みでお盆の帰省シーズンでもあり、かき入れ時ともいうべき時期であるが、新型コロナウイルス感染症の再拡大を受けて再び人々の行動が抑制されたと思われる。

 同社の発表では、国内線の便数は前年の8~9割程度まで回復しているという。

 

          旅客数   国内線発着回数

 伊丹空港     △68%   △19%

 関西空港     △63%   △14%

 神戸空港     △68%   △ 8%

 

 9月以降については、4連休の盛況も報道されており、旅客数はかなりの回復を見せるのではないだろうか。

 国際線については、7月以降、一部旅客便の運航再開があるものの、ほとんど運航停止と言ってよいような状況が続いている。

 

三ノ宮駅ビルの都市計画決定が延期

 JR西日本が建て替え計画を進める三ノ宮駅ビルについて、神戸市が2020年度に予定していた都市計画決定が21年度にずれ込む見通しであることが、25日、新聞に報じられた。新型コロナウイルスの影響によるJR西日本の計画再検討に時間がかかるためという。

 

 三宮再整備の一環で、JR西日本が建て替え計画を進める三ノ宮駅ビル(神戸市中央区)について、神戸市は24日、2020年度に予定されていた都市計画決定が21年度にずれ込む見通しを明らかにした。新型コロナウイルスの影響でJR西の計画再検討に時間がかかるという。旧ビルの解体工事は予定通り年内に完了する見込みで、市は同社と連携し、更地のイベントなどでの暫定的な活用を検討する方針。

 新ビルについて、JR西はホテルや商業施設の入る複合ビルを計画。18年4月に発表した中期経営計画では、同駅ビルの再開発を大阪、広島駅と並ぶ「3大プロジェクト」と位置付け、開業時期を「23年度以降」としていた。

 神戸市によると、当初は20年度中に都市計画を決定することでJR西と合意していたが、新型コロナによる鉄道事業への影響が大きく、現時点で手続きが進んでいないという。

(略)

 JR西は「事業環境を見極めながら(計画を)推進、検討しているところであり、開業時期を含め現時点で決定している事項はない」としている。解体後の暫定的な土地活用について担当者は「部分的に仮囲いが開放できるため、神戸の玄関口である三ノ宮駅前空間を有効に活用したい」と話した。

神戸新聞 2020/9/25)

 

 この記事からわかることは、

(1)JR西日本では、三ノ宮駅ビル計画は計画の再検討にかけられている。

(2)新型コロナによる鉄道事業への影響が大きく、現時点で手続きが進んでいない。

(3)JR西日本は、事業環境を見極めながら(計画を)推進、検討している。

(4)同計画について、開業時期を含め現時点で決定している事項はない。

(5)JR西日本は、解体跡地について有効に活用したいと考えている。

ということだ。

 

 以上から、JR三ノ宮駅ビル計画は、計画そのものが再検討にかけられており、ほぼ白紙になっているということだろう。計画の再開については事業環境の好転が必要であり、かなり長期間を要すると考えているようだ。しかしながら、三ノ宮駅前の土地はJR西日本にとって貴重な財産なので、長期的には高度利用を考えるが、事業環境の変化が生じるまでの間、有効活用=暫定利用を考えていくということであろう。つまりは、解体跡地には仮設建物が建設され、商業店舗等が営業を行う可能性が高いと考えられる。これらの状況から、三ノ宮駅ビル計画の再開は、数年のうちではなく、少なくとも5年、場合によれば10年ないし20年先になるのではないだろうか。

 

 JR三ノ宮駅ビルの建て替え計画は、今から10年以上前の、2008年頃にJR西日本と神戸市との協議が始まり、2013年3月には再開発する方針を固めたと新聞で報じられた。それによると、建て替え計画は同社の13年度からの中期計画に盛り込まれ2021年度の完成を目指すとのことだった。こうした方針を引き継いだ久元市政であったが、「都心の未来の姿検討委員会」や「三宮構想会議」など、度重なるアンケートや検討会議に時間を費やし、三宮クロススクエアなどの本質とは関わりのない計画を抱き合わせにした。2年間という期間をかけ、2015年(平成27年)9月に発表されたのが「神戸の都心の未来の姿[将来ビジョン]」、三宮周辺地区の「再整備基本構想」だった。その後も新ビルの計画ははかばかしくなく、いよいよ旧ビルは解体されたが、未だに新ビルの概要すら明らかにならないところを、今回のコロナ禍がJR西日本を直撃し、ついには計画そのものが白紙状態に陥ってしまった。

 三宮の再開発は、地盤沈下が続く神戸市の起死回生の策として期待され、都市復活の切り札ともいうべき最優先の課題であったはずだ。そして、せっかくの経済環境の好転など再開発の機運が高まっていたにもかかわらず、これを活かすことができなかった。おそらく、新ビルの建設に目的を絞って事を運んでおれば、それほどの時間はかからず、計画は具体化されていたであろう。都心再開発の起爆剤となるべき三ノ宮駅ビル計画の遅れは、他の都市再開発プロジェクトにも影響を及ぼすだろう。都市間競争が激しい時代に、神戸市は市内の交通中心駅のターミナルビルもないままで、長期間にわたり他都市と競争をしなければならないこととなってしまった。これは大きな失態というべきであろう。

 

 以下は、2013年3月の新聞報道である。 

 JR西日本はJR三ノ宮駅神戸市中央区)を再開発する方針を固めた。駅南側の広場を利用し、隣接する駅ビルを高さ160メートル前後の複合商業ビルに建て替える。事業費は約400億円にのぼるとみられ、2021年度の完成を目指す。13年度からの中期経営計画に構想を盛り込む。中期計画は13日に発表する。

 京阪神では1997年にJR京都駅、11年にJR大阪駅が再開発を終え、三ノ宮駅の地元、神戸でも主要駅の再開発を求める声が高まっていた。神戸の玄関口、三ノ宮駅の再開発が順調に進めば、神戸を活性化する起爆剤になりそうだ。

 三ノ宮駅の駅ビル、三宮ターミナルビル(地下2階、地上11階)は81年に開業。現在、ショッピングセンターの三宮OPAや三宮ターミナルホテルが入っている。ビル南側の三宮駅前広場(約1万2300平方メートル)はタクシー乗り場などとして利用されている。

 JR西と神戸市は08年から協議を開始。ビルと広場の一部の土地を利用して複合商業ビルを建設し、低層階に商業施設、高層階にホテルなどを入れる。

 神戸市によると、市中心部では六甲山系が隠れるような建物の建設を条例で禁じており、除外するための手続きが必要となる可能性がある。駅前広場上空に建物を建設するには都市計画の変更も必要だ。高層化のため現在800%の容積率を緩和するためには、都市再生特別措置法に基づく手続きも検討している。付近の歩道橋の導線も再検討する。

 三ノ宮駅の1日平均の乗降人員は23万5600人(11年度)。JR西の中では5番目に多い。17億円かけて駅構内の自動改札機の増設や店舗のリニューアルを進めている。

朝日新聞 2013/3/13)

 

国の財政状況について

 我が国の政府の財務諸表(貸借対照表、資産・負債差額増減計算書、平成30年度)が財務省のホームページホームページ上で公開されている。「資産・負債差額増減計算書」は損益計算書に相当するものだ。

 

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(出典 財務省HP)

 

 これによると、貸借対照表の資産の部の合計1,012兆円に対して、負債の部の合計が1,517兆円と、504兆円の債務超過状態となっている。また、単年度(平成30年度)の収支では12兆円の赤字となっている。

 これを見ると、我が国の政府は大変な赤字で、もはや財政再建は一時の猶予もならない問題であり、国に対してなんらかの政策を求めることすら非常識なことだとさえ思えてしまう。

 しかし、そうした理解は正しいのだろうか。もし、このようなバランスの企業があれば、ただちに倒産の憂き目にあうだろう。債務超過の会社にお金を融資することは、みすみす貸し倒れになるようなものだからだ。

 ところが実際は、こうした状況であるにもかかわらず、誰一人、政府が本当に倒れてしまうと心配する者はなく、逆に、政府の一部とも言うべき日本銀行が発行する日本銀行券(円通貨)は、これを獲得しようと皆が血眼になり、人々は一度それを手にすれば二度と手放すまいとするほどの執着を示している。

 これは、どう考えるべきなのだろうか。

 おそらく、政府を、一企業や、家計にたとえて考えることが誤っているのだ。

 元々、貸借対照表は、企業の財務状況を表すためのもので、その趣旨は、その企業がどのように資金を調達して、どのように財産を持っているかを表し、最終的には企業の正味財産がどれだけあるかを表すものだ。それは、つまるところ、企業の清算と利益の分配を目的としたものだ。その歴史的な由来は、中世ヨーロッパの地中海の都市国家で、商人が出資者から資金を募り、商品を仕入れ、商船を調達して航海を企て、一航海が終わるたびに財産を清算をするような商業で用いられたものと言われている。その後、永続企業が一般的になってくると、企業の財政状態を表示し、資金調達の際の信用保証のために用いられるようになったものだ。基本的には、企業の財政状態を表し、投資者の投資の安全性の判断に資するものだ。

 しかし、そのような短期間、小規模の企業の経営判断には有用であっても、長期的、大規模な企業にそれを用いるのは、少々不自然なところがある。というのは、数字の上では確かに、その財務諸表の示すとおりなのだが、永続性を前提とする以上、これを清算する、財産を一斉に処分するようなことは現実的ではない。そもそも買い手があるのだろうか。買い手がなければ値段がつかない。また、巨大な企業であれば、その企業が財産を処分しようとすると財産の相場にも影響を与えかねない。

 近年、近年、この財務諸表を公的分野に適用しようとする風潮があるが、これはもっと不自然だ。実際に、地方自治体や国の財産を一斉に処分するようなことは、あり得ない。いったい誰が、役所の庁舎や学校の建物を買うというのだろう。

 一企業であれば、投資家の信用がなくなれば立ち行かなくなる。しかし、政府は法律による強制力を保持しており、強制獲得の典型である徴税権をもっている。しかも、究極の資金源として通貨発行権まで持っている。だから、もともと民間同士の信用によらざるを得ない一企業と同列に扱うことはできない存在なのだ。それらの権能を、あえて財務諸表であらわそうとするなら、徴税権や貨幣発行権をなんらかの資産化して計上しなければおかしな話になってしまうだろう。これらを仮に資産として計上するならば、おそらくその価値は巨大な額となり、たちどころに超優良な財務諸表ができあがるだろう。

 ことさら不完全な財務諸表を作成し、流布しようとするのは、単なる無理解なのだろうか、あるいは、なんらかの意図があるのだろうか。財政をことさら悪く見せ、政府に対する要求を抑制させようとしたり、または、本当は無尽蔵に近い財源を限りあるものとして見せることにより、その番人たる財務官僚、政治家の求心力にさせようという意図がありはしないだろうか。

 国の財政は国民の財産であり、国民のためにあるものだ。一般常識に捕らわれず、叡智を集めて、是非とも国民の生活のために、特にこの非常の事態においては有効に活用をしてほしいものだ。