三宮クロススクエアに対する懸念

 神戸市の久元喜造市長は(12月)8日の神戸市議会本会議で、神戸市の中心市街地である三宮を南北に通る道路「フラワーロード」(税関線)の車線を、JR三ノ宮駅から南側で「自動車の通行を妨げない範囲で、現在の6車線から4車線に減らす」と述べ、歩道を拡幅する方針を示した。歩道や自転車が通行する領域をより広く確保したうえで、「キッチンカーやショップなどが出店できるような滞留空間の創出もめざす」という。

 久元市長は「ウォーカブルな(歩きやすい)公共空間の連続的な整備」によって「都心と(新港町など旧港湾部を市街地化する)ウォーターフロントへの回遊性を高め」ることで「都心エリア全体を活性化する」と、ねらいを説明した。(略)

 

(神戸経済ニュース 2023/12/9)

 

 

 久元市長は、「ウォーカブルな公共空間の連続的な整備」によって「都心エリア全体を活性化する」と説明をしている。神戸市では「三宮クロススクエア」などの計画があり、「ウォーカブルシティ」は久元市長の「看板政策」ともいえるような位置づけとなっている。

 

三宮クロススクエア

 三宮駅前は、もともと人のための滞留空間が非常に狭く、さらには、駅とまちが幹線道路で分断されている課題があります。特に、神戸の玄関口として非常に重要な駅前の空間である中央幹線は、都心に用事のない通過交通が約半数を占めています。
そこで三宮交差点を中心に、「三宮クロススクエア」として、駅周辺へのアクセス機能に配慮しつつ、その大切な空間を車中心から人中心に段階的に転換し、周辺の建築物と一体となって、神戸の玄関口にふさわしい象徴となる空間を創出していくことを計画しています。

 

(神戸市HP)

 

 

「三宮クロススクエア(第1段階)東側」イメージ

 

現況(三宮交差点より東を望む)

 

第1段階【10車線→6車線 (2029年度目標[JR新駅ビルと同時期])】

 

第2段階【6車線→3車線(大阪湾岸道路西伸部供用後以降)】

 

(将来像)




 実は、これは久元市長のオリジナルの政策ではなく、国土交通省が全国的に進めている「ウォーカブル推進都市」に基づくものだ。

 

国土交通省 WALKABLE PORTAL(ウォーカブルポータルサイト) (mlit.go.jp)

 

 世界中の多くの都市で、街路空間を車中心から”人中心”の空間へと再構築し、沿道と路上を一体的に使って、人々が集い憩い多様な活動を繰り広げられる場へとしていく取組が進められています。これらの取組は都市に活力を生み出し、持続可能かつ高い国際競争力の実現につながっています

 近年、国内でも、このような街路空間の再構築・利活用の先進的な取組が見られるようになりました。しかし、多くの自治体では、将来ビジョンの描き方や具体的な進め方など、どう動き出せば良いのか模索しているのが現状です。
このような背景のもと、国土交通省では街路空間の再構築・利活用に関する様々な取組を推進しております。

 

(出典 国土交通省「ウォーカブルポータルサイト」)

 

 国土交通省はこの取り組みに賛同する「ウォーカブル推進都市」を募集し、現在368都市(2024年年年1月31日現在)が登録されている。

 

ウォーカウォーカブル推進都市について | 国土交通省 WALKABLE PORTAL(ウォーカブルポータルサイト) (mlit.go.jp)ブル推進都市一覧 (mlit.go.jp)

 

 その一覧を見ると、ほぼすべての県庁所在都市、政令指定都市が登録されており、その中に神戸市の名前もある。兵庫県下でも、神戸市、姫路市尼崎市、西宮市、芦屋市、伊丹市加古川市と主立った市が登録されている。

 

 神戸市では、神戸市復活の「切り札」として、ウォーカブルシティ推進に向け、市内最大の三宮交差点を将来的には完全に自動車を閉め出す「三宮クロススクエア計画」を進めている。上記の車線の削減はその計画の一環と思われる。

 

 果たして、この神戸市の方針は正しいのだろうか。

 

 「車中心から”人中心”の空間へ」と言えば、とても素晴らしいことのように思われる。しかし、考えてみれば自動車も、人間のためにあるものだ。

 過去から存続するものには何らかの必要性があり、その必要性から必然的に生じているのが現在の姿である。街路空間が車中心と思われるとすれば、それは、それだけのスペースを与えなければ、流入する交通量を捌くことができないという実態を反映したものであったと考えるべきだろう。

 

 自動車交通が果たしている役割はどのようなものだろうか。人の運搬ということを考えた場合に、自動車は公共交通機関の役割を持っている。公共交通機関が十分に発達している都市圏内であっても、大きな荷物がある場合や、家族連れの場合、特に小さい子供や高齢者がいる場合、天候や時間帯等によっては、自家用車で移動する方が都合がよい場合があるだろう。また、娯楽としても自動車は公共交通機関では得ることができない楽しみを与えてくれる。特に若い人々にとってはそうだろう。

 域内の近距離の移動だけではなく、周辺部や遠隔地から人を運ぶ、中距離、長距離の移動の役割もある。大都市圏以外の地方は、公共交通機関が十分には発達していないから、必然的に車社会となっている。日本全体の人口が減少し、公共交通機関の維持が難しくなってくると、ますます自動車は欠かせないものとなっていく要因ともなるだろう。

 そして、それは地方に限られず、神戸市内においても、北区や西区等の郊外は車が移動の主力となっている。また、神戸市内は坂道が多いので、自転車や歩行による移動は制約があり、都心の近くでも車がないと生活が難しい地域がある。

 実際に市内を走行している乗用車を見ると、神戸ナンバーはもちろん、実に多くの都府県のナンバーを見かける。特に関西圏一円、中国、四国地方から多くの乗用車が入り込んでいることがわかる。休日になると、大丸や阪急の百貨店の駐車場には長蛇の列ができている。

 そのような状況下において、都心の中心部から自動車を排除することが都市にとってよいことなのだろうか。もちろん、歩行者の便宜も大切だから、どちらか一方ということではなく、両者のバランスが必要となるだろう。

 

 ウォーカブルシティ構想に則り歩行者優先の原理を導入するとしても、実際にどのように適用をするかは様々であろう。たとえば、ある街区に限ってその原理を導入することは、よい結果を生むこともあるだろう。一例として、住宅地の中で、自動車の通行を制限したりすることは、その街区の住民の安全や騒音、排気ガス、振動の排除など快適性の向上につながることもあるだろう。風致地区では、美観の向上に役立ち、観光政策的に利点があるかもしれない。他都市でも様々な取り組み事例があるだろうが、神戸市のように、都心部において、大動脈が交わる市内最大の交差点を廃し、自動車を完全に閉め出すようなことを行おうとしている事例は余りないのではないか。神戸市の中心市街地には、東西に3本の幹線道路がある。北側の山手幹線、浜手の浜手幹線、そしてその間を走る中央幹線である。この3本の幹線道路は、自然にできたものではなく、先人が努力して造りあげてくれたものだ。これらは市民の財産ともいうべきインフラだ。そのうちの都心の中央部を貫く中央幹線は特に市街地の往来を扶ける重要な幹線道路だが、それをいとも簡単に捨て去ってしまっていいものだろうか。

 ウォーカブルシティには利点もあるだろう。海外で成果を上げているという話はあるが、その都市の属性や諸条件は同じではないのだから、鵜呑みにすべきではない。都市の諸条件、道路の機能や様々な利益のことも十分に考えるべきだ。ある特定の信条をあらゆる価値から優先させて、他の価値を考慮しないならば、それは「原理主義」というべきだ。

 

 周辺に競合都市がひしめきあっている神戸市においては都市間競争の観点からも考慮が必要だ。たとえば、郊外で幹線道路の近辺に大規模な駐車場を備えたショッピングモールの存在がある。神戸三田プレミアム・アウトレットやマリンピア神戸西宮ガーデンズららぽーと甲子園など、大規模な施設が目白押しだ。これらの施設は、神戸の中心市街地にとって強力な競合施設となっている。

 この状況下で、神戸の都心の大動脈を封鎖することは妥当なのか。もし、人々に神戸の都心は自動車の乗り入れに不便だと認識されたら、他の競合施設、他都市へ人が流れてしまうおそれがある。

 将来、三宮クロススクエアが完成した暁には、道路の渋滞は発生しないかもしれない。しかし、それは、郊外の他施設、他都市へ流れているだけなのかもしれない。人々は、いちいちダメ出しをしてくれない。黙って他所へ流れていくだけだ。

 実際に、地方の都市で中心市街地がシャッター街になったしまっている例が多く発生している。中心市街地の衰退の原因として、民間の調査によると「商店街などの個人経営の店舗に魅力がないため」とともに「郊外のショッピングセンターのように大規模な無料駐車場がないため」が挙げられている。幹線道路の封鎖は、このような中心市街地の衰退を招くおそれはないのか。

 久元市長は、このクロススクエア構想を都市活性化の切り札と考えているようだが、そもそも、国の施策に乗っかって日本全国の都市が取り組んでいる施策が、都市間競争で切り札となるはずがない。

 

 超広域の中心都市となるべき神戸市としては、自動車交通を排除することは、その方向性に反する結果となる。結論としては、三宮クロススクエアは行うべきではないと筆者は考える。もしも、車線を削減してしまうとしても、公共スペースとして確保し、やはり道路の拡幅の必要があると判断する場合には、いつでも道路として復元できるようにしておくべきだ。いったん、建築物で埋まってしまうと、再び、スペースを確保することは事実上不可能だからである。

 

 神戸市は坂道が多く、徒歩や自転車だけでは交通の便が悪く、観光名所も車で訪れた方が便利な場所も多い、かえって六甲山や須磨や舞子の海岸線、都心部の高架道路など、ドライブに最適な観光地もある。国の施策に乗っかって、いたずらに自動車を都心部から閉め出すのではなく、自動車をもっと都市部に招き入れる施策を取ることが必要だ。そういう意味で、他都市と逆張りの方が都市活性化には効果があるだろう。今後、自動車はEVが主流となるだろう。これらは、従来のガソリン車と異なり、排気ガスや騒音の問題がない。したがって、都心に流入させても、環境上の負荷が少ないはずだ。積極的に充電スタンドや駐車場所を確保して、広く自動車の流入を促進させることは、長距離交通機関の結節点を目指す神戸の方向性とも合致しているだろう。