新開地 喜楽館について

 

 神戸の新開地に、上方落語の常設館である「喜楽館(きらくかん)」がある。新開地商店街の一角に、2018年7月11日に開館して今年で5周年となる。大阪にある「繁昌亭」に続く上方落語の定席として誕生した。落語の常設館ではあるが、落語だけではなく、奇術や曲芸なども演じられる。

 

 常設館だけあって、テレビなどでは目にすることの少ない落語の演目に出会えることも魅力だが、何よりも、ライブの良さを味わうことができるのが魅力だ。おなじみの演目も、客席は演者の息づかい、気迫、勢いを感じ取り、演者は客席の呼吸を読み取り、両者が合わさって、今まさに物語が進行しているかのような緊迫感が生まれる。舞台は演者と観客が一緒になって作られるものだと言われるが、そのことが実感される。

 上方落語は、落語の語り手だけではなく、三味線や太鼓、唄いなどのお囃子が入るところが江戸落語とは異なる特徴だ。これらが一体となって演じられる上方落語は我が国の長い歴史の中から生み出された世界に誇りうる伝統芸能であると思う。神戸にこのような常設の演芸館が生まれたことは、非常に喜ばしいことだ。

 上方落語は大阪の文化だという人があるかもしれないが、人間国宝となった桂米朝は姫路の人であり、爆笑王として知られた桂枝雀は神戸の出身であるなど、兵庫県は多数の落語家を輩出しており、上方落語は関西言葉から生み出された関西圏全体の文化と言えるだろう。

 

神戸新開地・喜楽館(きらくかん) | 兵庫県・神戸市の新しい文化・伝統芸能の拠点 (kobe-kirakukan.jp) 

 

 施設は、ゆるやかなスロープに椅子席と小規模な映画館のような造りである。座席数は2階席も合わせて210席で、設備は簡素であるが、新しくて清潔だ。特に音響が優れており、言葉が聞き取りにくいと感じることが全くない。話術のプロによる明瞭な発声、十分に練られた物語は、わかりやすく、おもしろいのはもちろん、頭脳が明瞭になるような心地よさを感じる。演者の言葉や動作の一つ一つに目が離せず、長時間でも眠気や飽きを感じたりする間もなく、時間が過ぎることを忘れるようである。

 幕間のBGMには三味線や笛などの和楽器で演奏するサンバやロックの音楽が流れている。世界の様々な文化が共存している所が神戸らしくてよい。プログラムがすべて終わると、その日の出演者が出口で観客の退場を見送ってくれる。観客と演者との一体感を大切にしているようだ。

 

 喜楽館のある新開地は、交通の便が非常によい所だ。新開地駅は神戸電鉄ターミナル駅で、阪急、阪神山陽電鉄が乗り入れる神戸高速鉄道の新開地駅と接続している。神戸の中心地である三宮から数駅、新神戸駅からは市営地下鉄で湊川駅まで乗り換えなしである。JR神戸駅神戸高速鉄道神戸駅からは約1㎞の地下道で結ばれ、徒歩でもほどよい距離だ。このアクセスの良さをもっとアピールして、西日本、全国で最もアクセスが便利な上方落語の演芸場として、日本全国から集客したいところだ。

 この落語の常設館である喜楽館の立地としては、やはり洋風で現代的な三宮の雰囲気よりも、新開地の雰囲気が合っているように思う。周囲には美味しくて値段の手ごろな飲食店も豊富だ。しかし、その一方で、課題があるようにも感じる。娯楽には女性や子供が安心して来場できる環境は大切だろう。そうした観点から、まず気づくことは、商店街には歩き煙草の人が多いことだ。飲食店でも隣の席で平気で煙草を吹かしている。これは、今の時代には、さすがに良くない。商店街の中に喫煙所を設けるなどの分煙対策を徹底すべきだ。

 一般に、下町や、古めかしく昭和風であることを妙に持ち上げ、褒めそやす風潮がある。しかし、やはり、娯楽は時代に寄り添わなくてはならない。隙間分野を狙うのではなく、最も大きな市場(メジャー)での支持を狙って努力をすることが必要だ。新開地も、若者から家族連れまでの、幅広い世代が楽しめる場所を目指すべきだ。そのためには大胆なイメージチェンジを図る必要があるだろう。アーケードや舗装も古めかしくて薄暗いので、できる限りリニューアルし、明るい、清潔なムードに刷新すべきだろう。清掃を徹底し、花なども飾って、人々がそぞろ歩くのに心地よい空間にしたいものだ。

 

 新開地の街づくりは、大衆の娯楽の中心地を目指すというのが、その方向性となるだろう。この優れた立地特性を活かして、西日本最大級の娯楽の集積地を目指したいところだ。新開地には他にもパルシネマのような古くからの個性ある映画館もある。これらをコアに、演芸の常設館や小劇場、ライブハウスなどをここに集積すればどうだろうか。さらに、ゲームセンター(eスポーツ)やボーリングなどの遊技場なども集めたい。卓球やテニス、ボルダリングなどのスポーツ施設も考えられる。北側に隣接する湊川公園には、王子動物園にあるような遊園地や小動物とふれあえる施設を作ってはどうだろうか。周辺を家族連れが歩くようになると、ずいぶん雰囲気が変わるのではないだろうか。

 

 かつて、東の浅草と並び称されたように、娯楽のメッカとして新開地が全国に名を轟かせるようになればよいと思う。喜楽館は、その起爆剤となる可能性があるように感じる。神戸の財産として、市民全体で応援し、名実ともに上方落語の殿堂として、大きく育てていきたいものだ。