ルミナリエの進化(4)

 ルミナリエの運営経費は、協賛金や募金により、不足額は兵庫県や神戸市が穴埋めをしている。新聞の報道によれば、ルミナリエの来場者からの募金は、昨年度はわずか4,700万円であったという。昨年度の来場者は342万人であるから、平均すれば十数円で、一人100円どころか、ほとんどの人は1円も負担することなく観覧しているのだ。ルミナリエは開催するのに、約5億円がかかっているという。ルミナリエは震災の犠牲者の鎮魂の行事だと言っても、実際に開催のためには経費がかかるのだから、そのことに目をそらすべきではない。必要な経費は、行事の参加者、すなわち観覧者に求めるのが筋だ。現在の、すべてを募金に頼る方式であれば、おそらく払っている人は100円どころか、1000円ぐらい払っていると思う。そうであるとすると、この行事の費用を負担しているのは、ほんの数%の人だけということになり、その他の人々は全く費用負担せずに、ただ利得だけを得ていることになる。このようなことは、適正な姿といえるだろうか。

 やはり、来場者からなにがしかの負担を徴収すべきだ。たとえば、来場者一人あたり100円を徴収するとすると、350万人の来場者であれば、3億5000万円になる。そうすれば、たちどころに、ルミナリエの資金不足問題は解消してしまう。一人あたり100円を徴収することは、それほどの負担だろうか。まず、負担できない人はいないだろう。会場に行くまでのバス代、電車代にも満たない額だ。行事を開催するために、参加者一人あたり100円を負担することは、不当なことだろうか。行事の趣旨に反することだろうか。現状の方が不適切ではないだろうか。

 必ず反対する人はいるだろう。ならば、その人に聞いてみよう。経費はどこからまかなうのかと。

 一人あたり100円を徴収して、その上で、さらに募金を求めればよいのではないだろうか。そして、開催期間を延長すれば、500万人、1000万人の参加者が見込めるのだから、わずか100円だけでも徴収すれば、5億円、10億円の収入となる。ここまで収入が伸びれば、開催経費をまかなって、さらに、ほかの義援金にも使えるかもしれない。ならば、もっと意義があるのではないだろうか。

 お金の問題を軽んじるべきではない。お金は必要なものなのだ。ぜひ、ルミナリエの有料化に踏み切るべきだ。