神戸は美しい都市である。しかも、その風景は一様ではなく多様なその姿は万華鏡にも喩えられる。この多様な景観の魅力を近江八景や金沢八景などのように「八景」という伝統的様式を使って表してみようというのが本稿の試みである。この神戸の陸と海と空がせめぎ合う起伏に富んだ地形は、その先端において、いくつものすばらしい景観を生み出している。しかし、そのことが逆に、神戸のイメージを散漫にするきらいがある。そこをあえて、様式で縛ることにより対象を厳選しようとするのである。神戸という都市を立体的に理解するとともに、地理的、歴史的特徴に由来する神戸ならではの美観を8か所厳選したものが「神戸八景」である。
第一景 ハーバーランドから見るメリケンパーク

第一景は、市街地から見る神戸港の風景である。おなじみのポートタワー、海洋博物館の大屋根等が青い海と空を背景に美しい景観を作っている。このアングルは、有名な浮世絵「摂州神戸海岸繁栄之図」と同じである。
第二景 北公園から見る神戸大橋と市街地

第二景は、海から見る神戸市街地の風景である。人工島ポートアイランドから見た市街地の風景で、巨大な神戸大橋の先に市街地が広がり、その背後に六甲山系が屏風のように連なる、神戸ならではの景観である。大型客船が入港している場合は、その姿も合わせて見ることができる。
ポートアイランドから見る市街地の風景としては、この他にも「BE KOBE」のモニュメントがあるしおさい公園やポートピアホテルなどのビューポイントがあるが、神戸大橋が目の前に見え、青い海と空との強烈なるコントラストを描く北公園を第一とした。
第三景 市章山から見下ろす神戸市街地

第三景は、六甲山系から見下ろす神戸市街地の風景である。港を取り巻くように市街地が広がっている様子がよくわかる。第一景で見たポートタワー、第二景で見たポートアイランドと神戸大橋、そして神戸市街地の全容が一望で把握できる。そして、明石海峡から東側に伸びる和田岬に守られた入江の中に兵庫津、そして現在の神戸港が開けたという姿を見て取ることができる。
六甲山系から見下ろす市街地という景観は、他にも多くのビューポイントがある。六甲山、摩耶山、布引ハーブ園などが有名である。しかし、神戸港の中心部を真正面に見下ろす位置にある、この市章山の景観が最も美しいのではないかと思う。
なお、幕末の神戸港開港時の様子を精密に記録した「イラストレイテッド・ロンドン・ニューズ」のイラストもこの方向からの景色である。
この第三景は前の二つと異なり、市街地の外れにあって、いささかアクセスがよくない。市章山の麓にあるビーナスブリッジならば、路線バスの停留所もあって、よりお手軽だ。市章山よりは視点が低くなるが、市街地に近いので、より迫力のあるパノラマを見ることができる。
第四景 神戸・海岸通の近代建築群

神戸・海岸通は、神戸港が開港された当時に開発された外国人居留地の南側の港に接した一帯をいう。居留地は1899年(明治32年)に日本に返還されたが、その後も神戸港の中心業務街として栄え、海運会社が石造の重厚な近代建築を競って建てた。今現在は、港の機能も沖合の人工島に移ったため、海運会社はほとんど転出したが、今でもオフィス街として、神戸の中でも特別のステイタスを持つエリアである。外国人居留地の一角にある大丸百貨店は、周辺の古い石造のビルを商業店舗に再利用し、その中に、高級ブランドの店舗が多く出店し、今では一大ブランド街となっている。夜間には石造のビルはライトアップされ、美しさをいっそう鮮やかに浮かび上がらせている。毎冬開催されるルミナリエの会場もこの一角にある。また、日本三大中華街として有名な南京町は、この旧居留地の西側に隣接する場所にある。
第五景 北野異人館街

神戸港開港後、多くの外国人たちが神戸に拠点を構え、その山の手に外国人たちの住居が立ち並ぶことになった。その代表が通称風見鶏の館と呼ばれる旧トーマス邸である。多くは失われたが、今でも数十棟の異人館が立ち並んで街並みを形成しており、異人館街と呼ばれている。異人館街は北野の坂の中腹にあり、今でも神戸の港を見下ろすことができる。神戸の異人館は、グラバー亭が有名な長崎の異人館と比べて、色彩が鮮やかで、デザインが多種多様なユニークな姿のものが多いのが特徴だ。
第六景 明石海峡と明石海峡大橋

前面に淡路島を臨み、昔から景勝の地として有名な舞子の浜はちょうどこのあたりにあり、別荘が多く建てられた。現在は舞子公園として整備され、大正年間に神戸の貿易商・呉錦堂が建てた別荘「移情閣」が残っており、往時を偲ばせる。淡路島を隔てる明石海峡はその幅は約2キロほどであり、この舞子の浜と淡路島を結ぶ明石海峡大橋は全長3,911メートル、中央支間1,991メートルで、1998年の開通当時は世界最長の吊り橋であった。現在は世界最長の座は譲ったが、海から屹立する2本の橋脚とトラスの橋げたは圧倒的な存在感を示している。この地が神戸の市域の西の端を画し、その先は明石となる。
第七景 須磨海岸

須磨海岸は、神戸の中心市街地の西側、明石海峡の東に位置する。白砂青松といわれる、六甲山の花崗岩を源とする白い砂浜と、松林が背後に広がる。砂浜の西側を画するのは鉢伏山と呼ばれる山で、ここから六甲山系がはじまる。海にせり出す山体を砂浜越しに眺めるのは、ハワイのダイヤモンドヘッドの丁度反転の構図である。鉢伏山にはロープウェイがあり、その頂上に須磨浦山上遊園がある。ここからは、西に明石海峡大橋、東に長く伸びる須磨海岸とその先の神戸の市街地を一望に眺めることができる。須磨海岸は、美しい景観とともに、阪神間唯一の海水浴場として、ヨットやウインドサーフィンなどのマリンスポーツでにぎわっている。シャチやイルカが泳ぐ須磨シーワールドはちょうどこの付近にある。
第八景 六甲山上から見下ろす神戸・大阪の市街地
(右隻:神戸側)

(左隻:大阪側)

第八景は、六甲山上から見下ろす神戸・大阪の市街地である。大阪湾の北岸に沿って東西に伸びる六甲山系の標高900メートルを超える頂上付近から見下ろす、市街地のパノラマである。ここから、西は淡路島の島影を収め、神戸の中心街、ポートアイランド、神戸空港、六甲アイランド、大阪の市街地、大阪湾全域を一望できる一大パノラマである。夜になると、市街地の灯火が輝きはじめ、この大阪湾全域がまるで光の海のようにくっきりと浮かび上がる。その姿は古くから「一千万ドルの夜景」と称される。この全貌を一枚の写真に収めることは難しいため、屏風にならって、西側を右隻、東側の左隻と表現してみた。
神戸を訪れる者は、この大パノラマを見ることにより、神戸八景の全域を俯瞰することができる。大阪湾に面し、西は淡路島を臨む明石海峡大橋とそこからつながる長大な六甲山系の頂上に立つことによって、この六甲山系の山すそに伸びる神戸という都市の姿を掌中に収めるかのようにありありと全貌を掴むことができるのである。
神戸は様々な美しい景観を誇る街である。そのどれをとっても一級の美観である。しかし、そのどれ一つを取り出してみても、これこそが神戸だというのは少し違うというように思われる。様々な美観が、六甲山を背骨として、ごく狭い範囲に凝縮されている所にこそ神戸の景観の魅力がある。神戸の多様な美しさを一つのまとまりとして、あたかも一つの結晶のように析出させ、掌にのせるかのように可視化しようとするのが「神戸八景」なのである。