関西3空港問題とは何だったのか

 2022年9月18日に開催された関西3空港懇談会において、神戸空港の国際化が合意されることになり、関西3空港問題は歴史的な転換点を迎えることになった。

 そもそも、この関西3空港問題とは何だったのか、これまでも度々この問題を取り上げてきたが、この機会に再度考えてみよう。

 

 関西3空港とは、大阪国際空港伊丹空港)、関西国際空港関西空港)、神戸空港の3つの空港を指す。

 関西圏には古くから伊丹空港があったが、内陸部にあったため、1960年代後半から、周辺の宅地化とともに、航空機の大型化、ジェット化に伴い騒音問題が深刻な社会問題となった。公害に対する意識が先鋭化していた当時の社会情勢の中で、騒音訴訟が度々提起され、その結果、早朝と夜間に厳しい時間制限が設けられ、運航本数も制約を課せられることとなった。当時、航空需要のますますの拡大の中で、伊丹空港に代わる、空の時代に相応しい新たな「関西国際空港」を設置しようとする議論が起きていた。

 様々な候補地の中から、神戸沖、播磨沖、泉州沖の3か所が最終候補地として残っていた。空港は合理性が求められる交通施設であるから、本来は利便性・経済性を第一に建設地を決めるべきところ、そこに別の思惑を持ち込む者があった。別の思惑とは、「関西国際空港」を、経済的な発展から遅れをとっていた大阪南部の格差是正に利用しようという考え方である。それは、交通政策としては本来あるべき考え方ではなかったが、公害問題が大きな影を落とし、人々の理解が十分深まらない中で、性急に泉州沖に設置することが決せられてしまった。

 さらに、ここで注意すべきは、関西国際空港の設置場所を決定した1974年8月13日の運輸省の航空審議会答申では、関西国際空港は、「緊急の必要性にかんがみ、さしあたり早急に整備されるべき最小の規模として判断」されたもので、「今後、関西地区において更に滑走路1組を必要とする場合も考えられる」が、「新空港の沖合にもう1単位又は他の地点に別の空港を設けることも技術的に可能であると確認した。」とされていることである。つまり、関西の空港機能を、将来にわたって、すべて泉州沖に集約することまでを想定したものではなかったということである。

 

 その後、関西空港の建設が始まると、本来埋め立てに適さない軟弱地盤であったことが災いし、当初の計画をはるかに超える埋め立て事業費や高額な漁業補償費を費やすことになり、それを償還するための高額な着陸料設定と、市街地から遠く時間も費用も過分にかかる立地の不便さのため、思うとおり利用が進まず、関西空港は経営的苦境に陥ることとなった。

 関西圏の経済的中心地である大阪北部や兵庫県側からは、大阪湾を半周しなければ到達できない泉州沖の関西空港では、あまりに不便なため、伊丹空港の廃止という当初の想定が、利用客、就航する航空会社の反対を受け、廃止することができなくなってしまった。その結果、伊丹空港は今日まで存続することになった。

 また、神戸市でも、本格的な空の時代を迎えて、海運業の重要性が相対的に低下していく中で、都市の活力低下が懸念されるところとなり、発展のための都市基盤として国際空港がやはり必要であるとの意見が強まり、改めて空港設置を計画しようとした。しかし、関西空港周辺自治体をはじめとする大阪側の反発は強く、強固に反対をされ続け、実現が難航した。1995年1月に起きた阪神・淡路大震災も、建設の前途に陰を落とし、神戸空港設置反対の市民運動も大きな広がりを見せた。2006年2月、ようやく神戸空港は設置されたが、開港後も厳しい運用制限を設けられ、手かせ足かせの状態での運用を余儀なくされた。

 その際、神戸空港の規制の大前提にされたのが、神戸市が当初、「関西国際空港」の最有力候補地でありながら、設置に反対した、というストーリーである。これが、延々と神戸市に浴びせられ続けられた。

 反対の中心である関西周辺の自治体にとって、関西空港は「大阪南部の経済的格差解消のための手段」として設置されたものだ。大阪南部の経済的格差が解消されておらず、経済的利益を十分享受できていない中で、関西圏に新たな空港を設置することは断じて許さない、というのがその主張であった。これは、大阪南部の関西空港周辺自治体の利害そのものだ。その主張の裏側で、大阪北部や兵庫県の航空利便性が犠牲となることになった。

 これを変えるきっかけは、空港民営化である。そこでは、関西ローカルの視点を離れ、客観的な観点から関西3空港問題を見ることができる主体が登場した。それが関西エアポートである。そして、関西エアポート主体に議論が進み、神戸空港の国際化がついに合意されることになった。

 

 関西3空港問題はなぜ生まれたのか。問題は2点ある。

(1)空港という交通施設の立地選定において、大阪南部の格差解消という本来交通とは無関係の問題を持ち込んでしまったこと

(2)当初の合意事項になかった、「関西国際空港」の位置を1カ所に限定するという考えを持ち込み、その理由をハブ空港論として流布し、他の設置を頑強に認めようとしなかったこと

 

 これにより、本来、適地ではなかった大阪南部に「関西国際空港」が建設されることになり、関西空港以外に設置できないという状況が生まれてしまった。その結果、生じたことは、西日本全体にとって利便性の高い国際空港が存在せず、それは東京圏の一極集中を促進し、ひいては国土の交通中心の喪失による関西圏全体の凋落をもたらした。

 

 こうした関西固有の堂々巡りの泥沼状態から抜け出すためには、関西エアポートという第三者の登場を待つ他なかったのである。

 

 

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