新型肺炎の流行について(42)

 大阪、兵庫、京都を対象とする2回目の緊急事態宣言(1月13日発令)は3月1日に解除されたが、それから1ヶ月もたたないうちに再び感染が拡大し始め、4月に入ると急拡大を見せるようになり、第4波襲来の状況となっている。これを受けて、4月25日、東京、大阪、京都、兵庫の4都府県を対象に、3回目の緊急事態宣言が発令された。兵庫や大阪では、1日の感染者数が、12月からの第3波の倍に相当している。重症の患者の発生は病院の受け入れ能力を超える状態となり、病床待ちの自宅待機者が多数発生し、待機中に命を落とす者も発生している。

 今回の第4波の特徴は、感染拡大のスピードが速いことと、重症化しやすく、高齢者以外でも重症化する傾向があることだ。今回の感染拡大では、イギリス型などのいわゆる変異株が広がっており、感染の傾向が異なるのはそれが影響しているようだ。

 変異株の脅威は、海外でも大きな問題となっている。インドではインド型が猛威を振るい、いったん収束を見せていたにもかかわらず、感染者が急拡大し、一日の感染者が40万人を超えるという凄まじい状況となっている。病院で治療を受けるどころか、酸素吸入すら十分にいきわたらず、命を落とす者が続出し、遺体を荼毘に付する光景があちらこちらに現出する、さながら地獄絵図の様相を呈している。変異株の感染力の強さの原因として、アジア人が保有している免疫力をすり抜けてしまう性質をもっていることを挙げる説がある。

 これまで感染の中心は欧米諸国であり、アジア諸国の感染状況と比べると桁違いの状況であった。その原因が何であるのか、よくわからないとされていたが、こうした人種による免疫力の相違が影響していたのかもしれない。しかし変異株が広まれば、我が国でも、これまでとは桁違いの感染拡大ということもあるかもしれない。

 

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 変異株の脅威に対しては、何よりも水際で防御し、国内に持ち込ませないということが最重要であろう。では、我が国の検疫は十分な体制がとれているのだろうか。

 例えば、インドからの入国であると、次の措置が取られている。

(1)出国前72時間以内に実施した検査の陰性証明書の提出

(2)入国時に空港で検査を実施、陰性の場合でも検疫所が確保する宿泊施設での待機

(3)入国後3日目(入国日を含まない)に再検査、陰性の場合は宿泊施設を退所

(4)入国後14日間の自宅待機と公共交通機関の不使用の誓約

 

誓約書の提出について|厚生労働省

 

 この検疫体制で十分といえるだろうか。

 新型コロナウイルス対策の困難さの理由は、感染者であっても無症状者が多いこと、検査結果の偽陰性の確率が高いことにある。無症状の場合、検査を行う場合には一定の時間を空けてから行うことが推奨されており、一般に、ばく露後 4 日以上経過してから検体採取することが推奨されているようだ。そうだとすると、上記(2)の空港での検査は正しい検査結果が得られない可能性が高く、上記(3)の入国後3日目の検査も、同様の可能性がある。これを突破してしまうと、上記(4)の14日間の自宅待機となるが、単に誓約だけでは本当に履行されるのかどうかの保証がない。

 そもそも、我が国は周囲が海で隔てられており、陸続きの国と比べると遙かに水際対策は容易なはずだ。新型コロナウイルスは人を介して感染するものだから、徹底した水際対策を講じれば変異株の国内流入を阻止することができるはずだ。しかし、いったん国内に入り込んでしまうと、国民の行動を制限して、感染ルートを洗い出す労力が必要となり、それを排除しようとすることは膨大な努力と犠牲を伴う。だから、最大の対策は水際対策であるはずだ。その要は入国時の検疫体制にあるに違いない。それが完璧に機能するならば、その後の感染対策は理屈上不要となると言ってよいぐらいだ。しかし、上記の対策を見ると、これまで新型コロナウイルスについて得られている医学的知見に照らして不十分であり、不徹底であるといえるだろう。水際対策は原因に対する合理的な対策であり、ここにこそ資源を集中して新型ウイルスの国内への侵入を阻止すべきだろう。

 すなわち、水際対策を徹底しようと考えたら、自主的な自宅待機を14日間させるのではなく、対象となる入国者全員を一律に宿泊施設に隔離して待機させるべきだ。たとえば、空港の周辺に仮設の宿泊所を建設しても、日本国内の経済活動全体を抑制することと比べると遙かに容易であるし、犠牲も少ないに違いない。現時点であれば空港周辺のホテルを棟ごと借り上げて、専用の宿泊施設にあてる方法もできるだろう。そうした大規模な対策は、平時では考えられないような対策であるだろうが、それを行うことは必要なことだ。問題は物理的な現象なのだから、希望的な観測は許されず、ここまで頑張ったのにという心情の問題でもない。しかし、物理現象だからこそ、その要点を押さえた対策をすれば、必ずそれに見合う結果が得られるはずだ。

  前例にこだわらず、予算にこだわらず、原因に対して正しく対策を行うこと、原理に即した対策が必要だ。それが行われないことに、我が国が抱える他の諸問題にも共通する課題があるように思われる。