神戸市の人口減少対策はどうあるべきか

 都市の人口はどうやって決まるのかというと、ごく単純化すると、都市の雇用の数で決まると考えられる。その理由は次のとおりである。

(1)人が生計を維持するためには仕事を確保しなければならない

(2)毎日の通勤の都合上、勤務先から余り隔たった場所には居住できない。

 この考え方によれば、都市の人口は、その都市の雇用の総数に比例する。雇用の数は、その都市の産業活動の集積度合いを表すものであるから、都市の人口は、都市の活力のバロメーターということになる。したがって、人口減少は、都市の活力の相対的低下を表すものと言える。

 この考え方をモデル化して考えると、「椅子取りゲーム」にたとえられる。この場合の椅子は雇用にあたる。

 仮に、椅子が10個しかないとすると、10人しか座ることができない。椅子を確保できなかった人は、ゲームオーバーとなって退出するしかない。これが、神戸市の若年世代に生じている転出超過の状況だと考えられる。この構図は、これまで日本全国で生じてきた都市部と地方の構図だ。高度経済成長期には、神戸も、地方から、特に西日本各地から人口を流入させ、人口を増やしてきたのだ。現在の状況は、神戸が産業都市として吸引力を失ってきている状況を表していると考えられる。だから、神戸市はこの状況を深刻にとらえる必要がある。

 では、この状況に対する対策はどうあるべきであろうか。

 仮に、椅子が十分に余っているとすれば、椅子が余っていることをPRして着席を勧めればよいが、おおまかに言って、神戸の雇用状況はそういう状態にはないだろう。つまり、都市の規模に対して椅子が足りない状況なのだ。

 現在の神戸市の施策は、都市の魅力をPRし、神戸に住みたい人を増やして人口の流入を増やし、転出を抑制しようとする方針であるが、そうした施策を行っても、肝心の椅子の数が変わらなければ、人口の増加に結びつかない。なぜならば、椅子の数が一定とすると、流入が増えればその分空いた椅子が失われ、椅子にありつけない同数の転出が増える。また、転出が抑制されてもその分の椅子がそれらの者に占有されることになり、その分空いた椅子がなくなるので同数の転入が抑制される。それでは、人口増加対策としてはまったく意味がない。結局、人口を増加させようとするならば、椅子を増やすしかないのだ。

 

 もう少し詳しく考えると、住居と雇用の場所が異なるケースも考えられる。たとえば、雇用は大阪であるが、住所が神戸にあるようなケースである。この場合、椅子が増えなくても、PR等により人口が増やせるのではないかとの反論があるかもしれない。

 大阪に人口が集中しているのは、全国的な都心回帰の傾向であり、居住環境はともかく、勤務地の近くに住むのは合理的なことであるし、大阪のベッドタウンとしては大阪の周辺の自治体と比べると神戸市は立地的に不利なこともあり、PRだけで十分な効果を生むのは難しいのではないかと考えられる。仮に、そうやって神戸市に人口を増やすことが可能であったとしても、椅子の増加を伴わないのであれば、それは、まさに久元市長が「するべきではない」と考える、人口の奪い合いに当たるだろう。

 以上より、人口減少に対しては、神戸市内に雇用の増加を生じさせるような産業誘致、産業育成が中心であるべきだ。それは、単に人口の奪い合いではなく、神戸市のためだけではなく、関西圏全域の活性化、利便性の向上、ひいては我が国全体の発展、アジア、世界への貢献につながる産業活動の質的向上を伴うものであるべきであろう。

 

(補足)

  一部には人手不足の声もあるが、それは低賃金の雇用であって、外国人の市内への流入の増加はこれが原因であろう。