神戸ポートピアランド

 1981年3月ー9月に開催された神戸ポートアイランド博覧会の遊戯施設としてオープン。同博覧会終了後の同年10月1日より、単独で営業が行われる。ポートピアランドという名称は、博覧会の愛称である「ポートピア'81」から名付けられている。

 当時はファミリー向けの遊園地は各所にあったが、神戸ポートピアランドはそのターゲットを若者に徹底的に絞込み、都市型のテーマパークとして絶叫型のライドのみで構成された非常に日本において先進的なパークであった。2年に1機種は必ず新規で機種を海外より導入し、入園者数を伸ばしていった。入園者数はピーク時の1991年には163万人を記録。わずか5haの面積で営業しており、日本一効率的なパークであると称された。

 当初の立地は、南公園とともにポートアイランド南側の沿岸部であった。しかし、周囲が二期工事で埋め立てられたために内陸部にある施設と変化していった。

wikipedia「神戸ポートピアランド」)

 かつて、神戸のポートアイランドに「神戸ポートピアランド」という遊園地があった。ポートピアランドは南公園にあり、当時の南公園は海に面し、景観のすぐれた遊園地であった。

 全盛期には、わずか5haの面積で年間163万人の入園者を集め、日本一効率のいい遊園地と称されたようだ。(ちなみに現在のUSJは43haで約1500万人)

 社会情勢の変化や、経営していた阪急グループの方針もあいまって、2006年の3月に閉園してしまったが、上の記事にあるように、ポートアイランド2期の造成が始まり、当初の「海の見える遊園地」から、内陸部にある施設へと変化し、殺風景な埋め立て地の風景が広がるだけという環境悪化が、重大な影響を与えたのではないかと考える。つまり、せっかくの若者が集う先進的遊園地の萌芽を、環境要因の変化により、うまく育てられず、消滅させてしまったのだ。

 しかし、このような遊園地の必要はなくなってしまったのだろうか。今度こそ、神戸に海と山を臨める、大人も子供も楽しめる、美しい遊園地を建設できないだろうか。